2024年03月03日
ともすれば日本の未来に悲観的なニュースが多い。人口減少、経済停滞、少子高齢化、技術力の衰退…。最近の暗い話題を見ればキリがないほどだ。私も前まではこのような意見に同調して日本の未来に対して悲観していて、発展途上国とは逆の概念「衰退途上国」なのではないかと冷笑していたほどだ。しかし、最近はだいぶ考えが変わってきている。自分の身の周りの、ごく薄い世界の切り口から見えている景色だけなのかもしれないが、これからどんどん明るい未来に進むことができるのではないかと思っている。
私は2022年からヨーロッパに留学しているのだが、出身はどこと聞かれて日本と答えると、体感では十中七八くらいは「おー、こないだ旅行に行ってすごく良かったよ」とか「今度旅行で行きたいんだよね」という反応が返ってくる。後者には一部お世辞も含まれているだろうが、ヨーロッパからとても遠い極東の島国にしてはきわめて高い関心があると言えるだろう。日本に行きたくなったきっかけの多くは、日本のコンテンツに接したことだ。中でも、特に「君の名は。」は海外での日本への関心をかつてない高みへと引き上げたと思っている。他の新海誠作品でもそうだが、東京や地方の日本の現在の風景がこれまでかというほどリアルに、綺麗に描かれている。ジブリの作品ももちろんそれよりはるかに前から海外でも人気だが、基本的には空想上の世界が舞台で、全く同じ風景に会える場所は存在しない。一方で「君の名は。」をはじめとする最近のアニメ作品では現実の日本が舞台なので、いわば国全体が「聖地」で、日本旅行そのものが「聖地巡礼」なのである。
日本語を話せない外国人観光客にとっては、10年前くらいまでは日本はとても旅行しづらい国だったと思う。それでも「インバウンド需要」(なんで「訪日観光客」と言わず横文字を使うのかは今もナゾだが)を目当てに英語併記の看板などのインフラを整備して対策していった。そしてスマホがある今、言語の壁は翻訳アプリによってもある程度乗り越えられる。そして、日本を旅行する際のマナーや文化的な注意点などの情報もインターネット上で英語で手に入れやすくなっていった結果、今までより外国人も観光しやすくなっていっていると思う。「Japan」のもつブランド力は、いまだかつてないレベルに高まっている。
それでも、日本が停滞しているのは事実としてある。先進国の中でも、日本だけが経済停滞している様子はもはや誰でも知っている。それで若者が外国に流出していけば、国の存続にも関わるだろう。しかし、日本で暮らすことの圧倒的な快適さ故に、海外に行ったとしてもいずれは日本に帰りたい、という人の方が多いように感じる。だって居心地よいんだもん。もちろん、日本で生まれ育ったことが理由の快適さも一部はあるだろう。しかし、客観的に見ても日本(特に、大都市圏)での暮らしは世界的に比べてもサービス、エンタメ、食、清潔さなどは群を抜いている。なにより食が美味しく、安い。
自分の持論の一つに「災害、戦争、不況などの逆境をよく経験する国ほど食文化が発達していて、ずっと平和が続く豊かな国は食文化に乏しい」というのがある。イタリアとスイスが良い例だろう。イタリアは歴史を通じて様々な国に征服されたり、火山や地震などの自然災害にも遭ってきた一方、世界でも最高峰の食文化を生み出した。それに対してスイスは、山に囲まれた安全な地形に恵まれ、比較的安定した発展を遂げた一方で、名物料理といえば溶かしたチーズにパンやジャガイモを突っ込むくらいだ。疑似相関と言われればそれまでだが、それでもこの仮説が成り立つとすれば、食をはじめとする豊かな文化があれば、物質的には足りないことがあっても精神的には満たされることができ、それを糧に逆境を乗り越えていくことができる、ということを示唆している(この文章は全て私の主観で書いたポエムなので論理の飛躍には目をつむりましょう)。日本もそのような経緯で素晴らしい和食文化を編み出していったのだと思う。例えば、海外でより年収が高い仕事があっても、いつでも寿司や牛丼が食べられる日本で長期的には働きたい。そんなことを言う日本人はいくらでもいる(げんに私も同意見だ)。
また、同じ理由で海外の優秀な人材も、待遇面に多少難があっても来日してくれる。東大はMITとの交換留学制度があり、私も6年前に利用させてもらったのだが、それ以来ずっと不思議だったのが、東大からMITに留学するメリットはいくらでも言えても、その逆はあまり理由が思い浮かばないということだ。東大にいる間もMITの高い授業料を払わなければいけないし、東大の授業はほとんど日本語だし、大学ランキングは比べるまでもなく東大の方がずっと下だ。それにも関わらず、今もこの交換留学制度は健在だ。東大への留学がMIT生に魅力的なのはありがたいが、それに加えてやはり日本で暮らすということへの興味を感じてくれているからこそ来てくれるのではないだろうかと思う。
そしてそもそも、日本の現状を嘆く意見は概して悲観的すぎないか、と思う。中国などに抜かれつつあるとはいえ依然として技術力は健在だし、他国と比べて大きく経済成長している訳ではないけど衰退もしていない。自動車産業がさかんなドイツでも日本車を普通に見かけるほどの競争力がある。戦後直後の壊滅的な状況に比べたらどうってことないだろう。別にGDPが一位や二位だから幸せになれるという訳ではないのだから、中堅企業のような立ち位置で現状維持するだけでも十二分だと思う。
ようは日本は世界でも類稀な「魅力的なコンテンツ産業」「圧倒的な文化力」「健全な産業」を両立している国であり、ちょっとやそっとでは崩れそうにない。 私たちにできるのは、素晴らしい文化をありがたく享受しながら、先人たちが築いてきた技術や産業などの土台を堅実に少しでも進めていくことだろう。
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